LOGIN戦いが終わった俺たちは、ひとまず岩場で合流した。みんな相変わらず裸にバスタオルのみをまとった姿なので、目のやり場に困る。 巨大カピバラの埋まった岩山を呆然と見つめながら、黒乃が口を開いた。「あはは……。せっかく、のんびりしに来たのに……なんだか、いつも通りの感じになっちゃったね」 それにはアンリも同意する。「そうですね……でも、わたくしたちらしいです」 そうしていると、理子がカメラの前に身を乗り出した。 もちろんバスタオル姿のままで。「今日の配信は、ここまで……バイバイ」 カメラに向かって小さく手を振ると、ドローンの電源を切った。 意外だ。こういうアクシデントの後こそ、撮れ高のためにって配信を続ける主張をすると思っていたが。「配信を続けなくていいのか、理子?」「勝手に終わらせてごめん」「いや、俺は構わないけど……」 パンダ頭を脱ぎながら、黒乃とアンリのほうをチラリと見ると、彼女たちもうなずいて同意を示した。「まだ配信したいなら、動画を立て直すけど……プライベートな時間も大事、だと思う」「……そうだな」 理子なりに気を遣ってくれているらしい。「大丈夫……撮れ高は十分。……神回だったと思う」「たしかに。我らがスポンサーのミミズク氏がそう言うなら、いろんな意味で体を張った甲斐があったな」 スポンサーという言葉に満足げな理子ことミミズク。 配信の緊張から解放されて和やかなムードになった俺たちの中で、アンリが提案する。「また汗もかいてしまいましたし、改めて温泉に入りましょうか……?」 黒乃が「賛成!」と小さく飛び跳ねる。いろいろ見えそうで際どいし、胸も少し揺れていたので、なんだかこっちが恥ずかしくなって俺は軽く目をそらした。 理子がしたり顔でうなずいていた。「とは言っても……」俺は温泉の壊れた大岩に目をやる。「境にしてた岩が壊れちゃったな。……これだといっしょには入れないし、やっぱり俺は待ってるよ――」 その言葉を言い切る前に、黒乃が俺の腕を掴んだ。「黒乃?」「いまさら真央くんだけ仲間はずれなんて、あり得ないよ」 反対側の腕を、アンリがぎゅっと握る。「お、おい……」「黒乃先輩の言う通りです。師匠、いっしょに入りましょう」 待て待て待て、そんなに近寄るな。 男にはいろいろと生理現象があるんだぞ。今も
「カピ……?」 攻撃をやめ、俺はいったん距離を取る。 すると巨大カピバラは。「カ、カピバラッ!」 戦闘不能寸前から、おそらく根性で起き上がった。 なるほど、土壇場の馬鹿力か。いいガッツだ。 やはりお前は、強敵だ。 だからこそ、ここで確実にしとめる! 俺はパンダ頭のまま、濡れバスタオルを奴へと向ける。「カピバァァ……!」 そのとき、巨大カピバラが大きく息を吸い込む。 なんだ、さっきの泡ブレスを放とうとしているのか? そう予測した俺が身構えた瞬間――。「カピバラァァ――!」 すさまじい水圧の熱湯が、俺に向かって一直線に噴射された。「なにィ!?」 ここに来て、ガチの殺傷力がある攻撃だと!? とっさに俺は木の桶(結界魔法つき)で熱湯を防いだ。 そのまま巨大カピバラは、熱湯を薙ぎ払うように噴射していく。 高水圧の熱湯が岩に直撃し粉砕。蒸気が発生し、サウナのような蒸し暑さが辺りを包む。 どこを狙っている――。一瞬だけ気が抜けた俺だが、すぐにその目的に気づいて声を上げた。「……っ! 危ない、逃げろ!」 熱湯の噴射は三人の少女、黒乃とアンリと理子のほうへと向かっていた。 やろう、最初からそれが狙いか。「くっ」アンリがその身を挺して黒乃たちをかばおうとする。 だめだ。生身であれを食らったらひとたまりもない。 その直後、理子が動いた。「推しのため、助手ちゃんとアンリ様はわたしが守る! フォースシールド!」 魔力の壁だ。半透明の光の障壁が、高水圧熱湯を防ぐ。 だが、すぐに理子は両腕を突き出した体勢のまま、苦悶の表情を浮かべ始めた。「うぅ……威力がつよすぎる……もう持たない」 珍しく見せる、理子の切羽詰まった表情。 それを見た俺は、すぐに手近にあった道具を拾い上げて援護を試みる。「くそっ。ケロリンシールド・遠距離モード!!」 手に取ったのはカエルの描かれたプラスチック製の桶だった。 俺はそれを理子の目の前に向かってフリスビーのように投げて、直後に防御魔法を発動して熱湯の威力を弱める。「た、助かった……さすがは推しの科学兵器」 ついでだ。 もう一つのカエル桶を拾い上げて、今度は巨大カピバラへと投げつける。「ケロリンシールド・アタックモード!」 乱反射しながら巨大カピバラへと襲いかかる桶。 もちろん、雷魔法の|
「なんだ……?」 だんだんと大きくなる地響き。 そして。 ドゴォォォ!! 岩壁を突き破って、巨大なモンスターが登場した。 毛むくじゃらの体躯に、間抜け面。 というか、それはどう見ても、カピバラだった。 二足歩行の……カピバラ!> なんだこいつ!?> カピバラ……?> やたらデカいな「モンスター!?」アンリが立ち上がる。 もちろん、裸にバスタオル一枚の姿だ。タオルがずれないように胸元で押さえながら、念のために温泉のそばの岩に立てかけておいた槍を拾い上げて、巨大カピバラへと向き直る。 白銀の少女は、すでに騎士の顔だった。 槍をしっかりと両手で握り、真剣な表情で構えを取る。 それは見惚れるほど美しい姿だった。「アンリ……」 俺は……どう対処したらいい? いつもの秘密兵器は鞄の中で、ここからは遠い。 何か使えそうなものは……。 迷っている間に、アンリが槍を手にカピバラへと突撃した。「いきます……!」 裸足のまま、不安定な岩の上を見事に駆けていく。 対する巨大な魔物が吠える。「カピバラァァ――!」 いや、おまえ……カピバラって鳴くのか。 ピ◯チュウか? ポ◯モンなのか? 直後、カピバラは無数の泡を吐き出した。 地面を伝い、アンリの足元へと広がっていく。 これは石鹸? 石鹸攻撃!?「ひゃあッ!」 アンリが足を滑らせて転倒する。 拍子に剥がれるバスタオル。なめらかな肌、細く美しい肢体が見えてはいけないところまで露わになる。 瞬間、発動する湯けむりモザイク。 そのままアンリは床を滑り続け――。「はぅ――!」 岩壁に激突した。> アンリ様が……> 放送事故すぎる! アンリはよろけながら、何度も足を滑らせながら、なんとかバスタオルを拾って立ち上がる。「ううっ……こんな……あられもない姿を、師匠に……」 瞳に涙を浮かべながら、アンリは巨大カピバラを睨みつけた。 両者睨み合い。 その均衡を打ち砕くように、後衛である黒乃と理子が魔法で援護をする。「アンリをよくも……ダークショット!」「アンリ様が傷付いたらリスナーが黙っていない……ファイアボール!」 二人の少女の手のひらから、暗黒弾と火の玉が発射される。二人の身にまとったバスタオルをはためかせながら。「カピバラァ!」
岩の上に荷物を置いた俺たちは、お風呂用の道具だけを抱えて、温泉のそばに集まった。「ね、ねぇ……本当に私たちが温泉に入っているところも配信するの?」 黒乃の言葉に、理子が答える。「当然。視聴者はそれを望んでいる……わたしも腹をくくる」 そういう理子自身も、少し頬を赤く染めていた。 なんだかんだで、いっしょに動画に登場することになった彼女も恥ずかしいのだろう。「それに、心配はいらない。『湯けむりモザイク』のプラグインをカメラに設定しておいた」 またカメラに妙な設定を加えたのか。 今までの理子のカスタマイズは、だいたいがよい方向に働いていたからいいけど。 とはいえ何をしたのかは把握しておかなければまずい気がするので、いちおう尋ねておく。「なにその愉快な名前のプラグイン」「わたしの自作プログラム。いろいろと危ないときは自動的に湯けむりでガードしてくれる」「ほんと、すごい技術だな……」「推しのためなら、努力は惜しまない」 理子が満足げに「むふーっ」とドヤ顔をする。 すると黒乃が細い肩を落としながら、観念したように言う。「じゃあ、私も覚悟を決めるよ……。そこの岩の陰で服を脱いでくるから、覗かないでね」「わかった。じゃあ俺はそっちで待ってるから。三人で入ってくるといい」 俺の言葉に、黒乃は首をかしげた。「え、真――パンダくんは?」「俺は後で入るよ」「ふぅん……」 なんで不満そうなの? すると、今度はアンリが口を開く。「師匠……いっしょに入られないのですか?」「……逆に、いっしょに入るつもりだったの?」「え、えっと……はい。そうなるかと思っていました」 え、その前提で来てたの?「いや、ここで混浴はいろいろとまずいだろ」 年頃の男女が裸でという倫理的な問題もあるが、何より俺がリスナーに殺されそうだ。 と思っていたのだが、黒乃がまさかの一言を発する。「うん……私は、その、構わないから……」「なにが?」 黒乃は頬を染めながら、上目遣いで俺を見つめる。「パンダくんといっしょでも」 マジで? それに理子も肯定を示す。「同意。わたしも、推しといっしょなら大丈夫。むしろいっしょに入りたい」「そこに羞恥心とかはないの?」「推しは特別……」 どうやらここでは、俺は完全にアウェイらしい。 そのときのコメント欄は――。
高原ダンジョンの奥へと進んでいくと、前方の壁沿いに泥溜まりが見えてきた。 迂闊に足を踏み入れるのは危険だろう。靴や脚が汚れるだけならまだしも、底なし沼の可能性もある。 なにせ、ここはダンジョンの中。いっさいの油断ができない。「……ここは迂回して進むか」 俺の言葉に、黒乃とアンリと理子が同意を示す。 そうして四人は泥沼を避けて反対側の壁沿いに通り抜けようとした。そのとき。「キー!」 ざぶん! と、泥沼の中から何かが飛び出してきた。 泥まみれの猿に似た動物――いや、魔物だ。> マッドエイプだ。泥の中に潜んで近くを通りかかった生物に襲いかかるモンスターだ ばしゃん、ばしゃんと泥まみれの猿が、次々と姿を現す。その数は五匹。 そしてマッドエイプの群れは、泥の塊を次々と投げつけてきた。「先輩!」 とっさにアンリが身を挺して黒乃をかばう。 普段より軽装な少女騎士の体に、すさまじい勢いの泥の塊が叩きつけられる。「ご、ごめん、アンリ……大丈夫?」「はい……し、しかし、なんとか反撃の隙を見つけないと……」 俺のほうは、理子に向かって飛んでくる泥を鉄パイプで叩き落とす。 泥だけに殺傷力は低いが、かなり重い攻撃だ。それを受け続けているアンリの体力は、じわじわと削られてしまうだろう。「先輩……その岩の陰に隠れてください」「う、うん。……アンリは」「わたくしは、打って出ます!」 黒乃を安全地帯に隠したアンリは、盾を構えて泥猿たちへ突撃していく。 泥にまみれることも辞さない勇猛果敢な姿に一瞬だけ見惚れてしまうが、それどころではない。「待て、アンリ! 何か嫌な予感が――」 呼び止めるが、一瞬だけ遅かった。 泥沼へと近づいたアンリの足元から、すさまじい蒸気と熱湯が噴き出す。「きゃあっ! あ、熱い……っ!」 間欠泉だ。 吹き飛ばされたアンリは、そのままドシャッと地面に激突。蒸気で濡れた体が土まみれになる。「キー! キキキッ!」 泥猿たちが、手をパンパンと叩きながら、嘲笑するような鳴き声を発する。 こいつら……。そこにトラップがあることをわかって誘い込んだんだな。> アンリ様が泥まみれに……> マッドエイプたち、明らかにバカにしてる> 頭にくるな、この声 同感だ。大切な友人であるアンリをこんな目に遭わせて
なんとか俺は深淵のオムライス(ダークマター)を完食したが、けっきょくフォンダンショコラ(備長炭っぽい)は食べることができなかった。 硬すぎてフォークが通らないのでは、仕方がない。ケーキを手で食べるのもおかしいし。 さすがの黒乃も失敗に気づいたらしく、しょんぼりとした顔をしているが、もはや俺にはフォローをする気力がなかった。 その間、理子はドローンが運んできたご馳走バーガーとポテトを頬張っていた。届くのか、ここまで。そんなサービスがあるのか。というか、俺もそれ食べたい。 そしてアンリの様子だが、彼女はまるで戦いにおもむく武士のように緊張していた。「真央師匠……」「アンリ……」 正座をして、俺と向かい合うアンリ。 自然と俺も背筋が伸びてしまう。「ど、どうぞ……お口に合えばよいのですが……」 うやうやしく、アンリは弁当を俺に差し出す。 大丈夫なのだろうか。先ほどの黒乃の惨劇を考えると、少し心配になってしまうが。 アンリの持ってきた弁当箱は、ごく一般的なメーカーのものだった。 二段弁当だった黒乃に対し、こちらは一段。 俺はおそるおそる、蓋を開けてみる。「……おぉ!」 その綺麗な盛り付けに、思わず声が出てしまった。 美しい三角形をしたツヤツヤのおにぎりに、ほうれん草のごま和え、だし巻き卵。それに、タコさんの形にカットされたウインナーが添えられていた。 弁当として、基本にして王道なメニュー。 食欲をそそる優しい香りが漂う。 豪勢なものではないが、見栄えにも気を使われていて、とてもおいしそうだった。「師匠のことを想い、心を込めてお作りいたしました……」 落ち込んでいる黒乃の横で、アンリが誠実な瞳をこちらに向ける。 熱意が少し重いけど、その気持ちは、やはりうれしい。「ありがとう。……いただきます」 ほうれん草のごま和えから、一口食べる。「お、おいしい……!」 見事な味つけ。それに、素材の味を引き立てる技術。 激しく動いても弁当が混ざらないようにするため、水気がしっかりと抜かれたものだったが、それでもツヤのある新鮮な野菜。 タコさんウインナーは視覚に楽しく、だし巻き卵は優しさを感じる美味。 そして、このおにぎり……! 完璧な塩加減で握られていて、それだけで食べる手が止まらなくなる。 その弁当の見た目の美しさからか、あ
「それにしても……まだ拡散されてるね、動画」 黒乃がスマホを見ながら口にした一言で、俺は一気に現実へと引き戻された。 忘れていた。忘れたかったのに。 鉄パイプで飛竜を倒したときのその動画は、デジタルタトゥーとして残り続けるだろう。というより、このまま俺の力が世間にバレたら、どんな面倒なことが起こるか。想像するだけでうんざりとする。「うぅ……俺の平穏なモブ生活が……」「前もそんなこと言ってたけど、モブになりたいの?」「悪いかよ」「うぅん。……それが真央くんの夢なら、いいと思うよ」 意外にも受け入れられて、俺は驚いて黒乃のほうを見た。 真剣な表情。本気で俺の夢を応援してくれてい
巨大な豪邸が目の前にある。 土曜日ということで授業は午前中で終わり、時間帯は昼。俺は結城黒乃に連れられて、彼女の家を訪れた。 目立たない俺が、若干目立っている美人転校生といっしょに下校するというイベントについては、いろいろと物議を醸していたようだったが、今は仕方がない。こっそり気配を消す魔法まで使って、俺はなんとか針のむしろを突破することができた。「これが……結城の家?」 まるで魔王城のように威圧感のある門構え。その奥には中ボス戦が待っていそうな広い庭。つい癖で、どう攻め込むか考えてしまうほどに立派な邸宅だった。「うん。……というより別荘だけど」「これで
深淵の飛竜を倒した俺は、警察や探索者協会が来る前に、結城黒乃を連れてこっそりと逃げ帰った。気配を消す魔法を使ったのは久しぶりだ。 あとは、まあ……迷惑配信者ガドも、とりあえず安全な場所まで運んでから放置した。いまごろ、警察やギルドの人たちに、こってりと絞られていることだろう。 そんなこんなで、一連の事件は幕を閉じ、俺の平穏な日常が戻ってくる。 ――そう思っていたのだが。 ◆『深淵の飛竜を鉄パイプで一撃!? 謎のパンダ男現る!』 一夜明け、朗らかな朝の教室。 そこで俺は、ニュースサイトを見ながら机に突っ伏す。 どうして……どうしてこうなってしまった。 ネッ
> おい、後ろの空間、なんか歪んでね?> 演出乙> いや、これマジでヤバいぞ 迷惑系配信者ガドの動画の、コメント欄が騒然とする。 俺は街路を走りながらスマホの画面を見ていた。 廃棄地下街ダンジョンに迷い込んだ結城黒乃と、それを自撮り棒で撮影する迷惑配信者のガド。その背景に空間の裂け目が生じる。 画面に走る砂嵐のようなノイズ。これは動画のバグではない。深淵の出現時に発生する現象だ。 嵐のように荒れ狂う深淵に、周囲の物体ごと迷惑配信者のガドが、そして結城黒乃が飲み込まれていく。『きゃああッ!』『深淵!? マジかよ! 無理無理無理、死ぬって!!』 瞬間、ノイズがスマ